最近の仕事 会報「村重 第一四号」(村重研究会)と映画上映会。 

2016-02-15


先日お仕事させていただいた自費出版物が伊丹市のイベントで販売されました! 現地の模様はページ下部に掲載しています。

「村重 第一四号」(村重研究会 編)

A5判、102頁、表紙・レザック、本文・書籍用紙、カバー用紙なし、180部発行。



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これは私の地元・伊丹の戦国時代の有岡城主であり、一昨年の大河ドラマ「軍師官兵衛」でも登場した武将・荒木村重についてさまざまな角度から研究する会の年次発行物です。

荒木村重とは? 「軍師官兵衛」のキーパーソンのひとり。

摂津国(現在の北大阪から神戸の東側)の一介の武士だった村重(ドラマでは仲間由紀江の夫・田中哲司)は織田信長の家臣となり出世、摂津国を任される。しかし敵対する石山本願寺(今の大阪城)との和睦を命じられるが、本願寺の困窮ぶりに同情する。

だが信長の家臣である立場という板挟みに悩むが、ついに信長に反旗を翻すことに。

強固な有岡城に立て籠もり、信長に頑強に抵抗する。信長に和平交渉を託されたかつての村重の盟友・黒田官兵衛(ドラマでは岡田准一でした)は、逆にここで彼に幽閉されることになる。

軍師官兵衛ではここがハイライトのひとつでした。

織田勢の西の敵・毛利勢に援軍を求める為に、包囲された有岡城を大将である村重自ら脱出し尼崎城(今の尼崎中央図書館があるところ)へ向かう。しかし織田勢はその隙をつき、有岡城を陥落させる。村重の妻で当時絶世の美女といわれた「だし姫」や、その他一族郎党は京都の六条河原にて処刑される。

当の村重は尼崎城から神戸の花隈城へ拠点を移し、抵抗するも力尽きて毛利勢の所領に落ち延びていく。

やがて秀吉の時代になると堺で茶人として復帰するが、天下人・秀吉への畏れから出家、名を道薫(どうくん)と改めるのだ。


嫁子供たちを見捨て自分だけ逃げ延びた男、と長年評価されてきた。

でも真の姿は立派な武将だった、ということを証明するために10数年前から結成されたのが荒木村重研究会です。

村重は今なお伊丹市の町おこしにも貢献しています!

郷土史の出版物制作は楽しいですね♪ 生きがいを感じます。

【荒木村重が登場するおもな歴史小説】

●反 逆 上・下巻(講談社文庫) /遠藤周作 著

●播磨灘物語 ①~④巻(講談社文庫)/司馬遼太郎 著



《イベントの模様》

2016.2.13(土)《絵巻》山中常磐 上映会 & 村重交流カフェ / いたみホールB1多目的ホール


ご当地の戦国武将・荒木村重の子で浮世絵師の元祖と呼ばれる、岩佐又兵衛の傑作・《絵巻》山中常磐を描いた作品の上映会です。午前の部と午後の部に分かれ、それぞれ100名がはるばるいたみホールへ来られました。


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