【実録】生きた証の出版へ。後世へ思いを残す 故・橋本大様(神戸市東灘区)

2016-03-14


2月、ヴィレから自費出版を幾度か出された著者様が永遠に旅立たれました。

享年78歳。


1年前に胃癌と診断を受け、余命は1年と宣告されていました。

「生きた証」として自分の作品を出版するのを思いたったとき、近くの書店で偶然ヴィレのチラシを手に取っていただいたとのことです。

およそ40年ほど前から小説を書き溜めており、原稿用紙は山のようにあるといいます。

初めてお会いしたのは、入退院の合間の橋本様の自宅訪問でしたが、癌患者とは思えないほど元気な表情を見せていました。


何度もスナックに連れてもらったり、お寿司をごちそうしていただいたりして感謝の言葉はつきません。

ボクの父と同い年で昭和30年代が全盛だったキネマ世代。この時代の映画話や、地元神戸と幼少期を過ごした高知の話は興味深く、ホントに楽しかったです。お返しにカラオケでは昭和30年~40年代の流行歌ばかり歌いました。クレージーキャッツのナンバーでは、一緒に「ハイ、それまーでよ~♪」と声を上げましたよね。

3度目の出版をしていただいたお礼として、郷里の高知県須崎市まで巡礼の旅に出たりもしました。

1995年の阪神大震災で家族を失い、親族はすでにお亡くなりになり、橋本一族は彼一人。

末期癌の震える手で必死に書いた原稿は読みづらかったが、心のこもった文章は生きた証のチカラが垣間見えます。


ヴィレから出版した著書は4作。


「まだ作品はあるから、頑張ってや」とおっしゃっていた11月、突如体調が悪化し、そのまま入院。

最後の作品の納品のために病院へお伺いしたときは、まだ病棟を歩きまわるほど元気でした。

年明けにお見舞いに行ったときは、点滴を打ちながらベッドに座った状態で「私が亡くなってもアンタに原稿とお金渡すから、私の作品作ってな」とまだまだ笑顔を見せてくれていました。

ボクが「今別件のお仕事がありますので、入稿が済み次第、お葉書出しますね」と答えると、「ウン分かった。そっちの仕事に集中しなはれ」と話したのが、最後の会話だった。


それから2月上旬に「今月台湾へ視察訪問します。お土産を渡しに伺いますので、元気でいてください。生きた証を成就しましょう」と葉書を送った。


ボクは2月下旬に台湾から帰国した後、風邪なのか体調不良が10日間ほど続いた。回復後の3月第二週に神戸の病院へ向かった。

すでに病室にはいない。橋本さんは転院されたとのこと。プライバシーの関係でどこにいったかは教えてくれなかった。


数日後、橋本様のマンションへ伺って、大家さんに尋ねる。

「橋本さんですが、実はちょっと前にお亡くなりになりましたわ。ええ人亡くして残念ですわ」

ボクは言葉を失ってしまった。もっと病院へお見舞いに行っておけばよかった。なんで連絡してくれなかったんだろう。いや、もうそれどころではなかったんだろう。


‥‥‥ホントに申し訳ありません。あの世へ旅立たれるときに顔を出せなくて。


多分生きた証どころでなかったんだ。もう十分だったのかも。

先立たれた家族に早く会いたかったんだろう。


橋本様はこの世にはいないが、あなたの作品はちゃんと残っていますよ。友人や知り合いの手に渡っていますから、ご安心ください。


サラリーマンを辞めて早三年。

自費出版の企画編集者としての礎を作ってくれてありがとう。

幸せで胸がいっぱいです。この思いはボクの残りの人生に刻み続けますから。



【ヴィレから発行された橋本大様の作品】 


八点鐘の鳴る時

八点鐘の鳴る時 A5判 ソフトカバー 70P 私家版 創作小説 2015年6月発行 



天国から来た手紙

天国から来た手紙 A5判 ソフトカバー 82P 私家版 創作小説 2015年8月発行  



キツネの嫁入り

キツネの嫁入り A5判 ソフトカバー 66P 私家版 創作小説 2015年10月発行  



風が行く時、雲は来る

風が行く時、雲は来る A5判 ソフトカバー 70P 私家版 創作小説 2015年11月発行  




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