12月, 2015年

 2010年10月の記事 「去了一下 上海世博」上海万博その2

2015-12-11


上海万博巡り第1日目 《2010年9月26日(日) 9:00~18:30頃》



上海はあいにく早朝から雨模様で清々しく上海万博巡りできなかったが、任務遂行のため(?)地下鉄8号線耀華路駅(下の地図AエリアとBエリアの間)から入場。念入りな入館ボディチェックを経ていざ万博会場へ。



ちなみに入場料は、平日普通入場券は当日券で160人民元(この時点では約2000円)。私は朋友である上海小僧のご両親から入場券を頂きました。


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で、万博入館ゲート。朝イチからごった返していました。


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いきなり中国国家館。もうそのまま駆け込みました。


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「中国国家館は整理券をもらってから3時間待ち」と聞いていたが、あっさり入場。「あれ、すんなりいけたじゃん!」おもいきや、ここは1Fの中国省区市連合館でした。要は中国の省別、直轄市(北京・上海などの大都市)別のパビリオンということでした。これは後で気がつきましたね!!




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その中の一部、広東館と室内の映像空間。さまざまな技術を駆使し、独特の世界観を演出。



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北京館です(ここには入ってません)。




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四川館。四川省といえばパンダですね。



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ウイグル館です。ウイグル館内部の天女らしき映像です。



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こちらは雲南省パビリオンの踊り子さんたち。



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チベット館とチベット館。チベット仏教の曼荼羅世界が演出されていました。


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上海館前。上海館に入場するのに1時間も待ちました。上海館の映像空間。1フロアごとのゴンドラに乗り、都市の変遷を映像で表現。実は撮影禁止でしたが、思わず映像終了後に撮っちゃいました。


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莫高窟を再現したものです。


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天津館(ここは入っていません)。


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重慶館です。



~いきなり中国の各省の紹介には大いに楽しめました。このパビリオンでは結局3時間程度滞在。ほどなく万博気分を満喫。しかしながら、入場者の99.99%は中国人でした。この日は日本人はおろか欧米人は全く見かけませんでしたね。「全中国人民のための上海発世界へ向けての万博」だったのではないでしょうか?


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で、いわく付き?の北朝鮮館へ潜入(?)してみました。北朝鮮館。やはり入るしかないでしょう! 思ったとおり主体思想塔のミニチュアがありましたね(笑)。 北朝鮮館の目玉はなんといっても美女軍団でしょう。人ごみの中、ブレながらも激写!!




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日本館へ立ち寄るも、やはり長蛇の列。2時間待ちと表示されていたのであっさり入館を諦めることに。




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‥‥で、そんなに混雑していないであろうと予測した韓国館へ。韓国館です。ハングルをあしらった建築デザインです。韓国待合フロアでカメラ付きモニターが設置されていたので、思わずワンショット。韓国館内部。1時間半も待ったわりには、それほど楽しませる内容ではなかったですね~。



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‥‥とにかく万博会場はデカイですね~。歩きまわるだけで精一杯。しかし、ここは気力を振り絞って短時間で入館可能なところは一応おさえたつもりです。会場から最寄の地下鉄まで徒歩で10数分もかかり、楽しみながらもクタクタ状態。とりあえずこの日は万博会場をあとにしました。




第2日目 《2010年9月27日(月)午後12:00~21:00頃》


‥‥尖閣諸島の問題ですっかり冷え込んだ感じがする上海万博報道。ですが、この逆風にもメゲずに上海ルポを続けたいと思っています。反日的な雰囲気はゼロなのに寂しい限りですね。


午前中は上海の市街地、徐家匯のとあるマッサージ店で疲労回復。その後、新天地でそぞろ歩きをしてから上海万博会場に潜入(?って間違えて前日の入場チケット差出してしまい、詰問されるハプニングがありました)。この日は黄浦江の北方面からの入場。(第1日目の記事の冒頭の地図Dエリアです)


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まずは中国鉄路館。要は鉄道のパビリオン。やはりここでも30分待ち。


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現在の中国の鉄道網の発展は目覚しいものがあります。高速鉄道が主要都市間で開通、例えば上海~南京は1時間15分で往来できます(日本でいえば大阪~広島くらいの距離)。日本の新幹線に勝るとも劣らない中国高速鉄道です。


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蒸気機関車もありました! 鉄道ファンにはたまらないパビリオンですね~。



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日本のテレビでもしばしば報道された、日本産業館にあるロボット。鉄パイプをせっせとよじ登っていました。ちなみに上海万博では唯一日本人の声が聞こえた場所です。


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北エリアから船で黄浦江を横断(もちろん無料です)。韓国・ソウルの漢江とどっちが大きいだろうかと思いながら、南Cエリアへ‥。




‥‥今度は華やかなヨーロッパゾーン巡りです。正直な気持ち、並んで入館したかったのですが、残念ながら時間の都合上写真撮影のみ。この歴史的瞬間(?)にたちあっただけでも幸運と捉えるべきでしょう。

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(写真上左より)一瞬奇抜なブラシのような印象の英国館。外観を観るだけでも価値ありです! スペイン館。木材をあしらったデザインが印象的。イタリア館は以外にもあっさりした感じ。


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(写真上左より)荘厳な感じのするドイツ館。以外にも普通な感じのフランス館。南アフリカ館。ネルソン・マンデラの写真が大きく掲載されています。


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(写真上左より)アルゼンチン館。中ではタンゴのダンスショーが。アメリカ館。派手なイメージのする国ですが、リーマンショックの影響か、チョット地味目でした。ブラジル館です! やっぱりサッカー王国のイメージを前面に打ち出しています。


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(写真上左より)カナダ館内部もサクサク通り抜けしてきました。トルコ館。土塀のような外観。ロシア館。以外にも人気館、長蛇の列でした。タイ館。時間が無いので素通りです。


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(写真上左より)マレーシア館。スパスパ撮影。シンガポール館。入りたかったけど、時間の都合で‥‥。インドネシア館内のコモドドラゴンの写真です。



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(写真上左より)中国国家館そばにあるマカオ館です。鮮やかなグリーンに彩られていました。で、香港館。ここでも30~40分ほど待って入場。いやあ、ホントに疲れるわ~。香港館内の3D映像。一瞬でしたが、楽しませてくれました。


‥‥香港館は旧英国領というイメージ全く潜め、「中国の特別行政区」をアピール。まあ、大陸に気配りしてるせいか、旧英国領的な事は打ち出せないでしょうね!



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鮮烈な球体が印象的な台湾館。入場整理券配布が午後3時半で終了なため、入場不可。残念でした。


‥‥ちなみにこのそばにいた女性スタッフに接近し、スナップ写真を撮ろうと試みるも沢山の人が寄ってきたため激写できず(悔)。


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(写真左より)インド館内にて。少々の待ち時間で入館。サウジアラビア館。宇宙船のようなイメージで見事な未来空間を演出。ここも長蛇の列でした。



ということで第2日目は終了。スタスタと万博会場を後にしました。



まあ、第2日目は殆どサクサク写真を撮るためにスラスラ歩いてしまった感じになってしましましたが、やはり待ち時間を考えると仕方のないことでしょう。

「上海発世界に向けて」の万博は、これをきっかけに上海人のライフスタイルを大きく変えていくのは間違いありません。



1964年の「東京オリンピック」→1970年の「大阪万博」、そして2008年の「北京オリンピック」→2010年の「上海万博」はそれぞれ日本、中国にとってのエポックメイキングな出来事として後世に語り継がれるのは言うまでもないでしょう!

こんな歴史的な出来事に対面でしたことにひたすら感謝、感謝ですね!!




 2010年10月の記事 「去了一下 上海世博」上海万博その1

2015-12-05


行ってきました! 上海に。2008年の北京五輪に続く中国一大国家的イベント「上海万博」。あの大阪万博を凌ぐ勢いの万博をこの眼で見ようと、いざ上海へ!

‥‥上海は(2010年当時)3年ぶりでしたが、その変化の速さには驚きの連続でした。確か地下鉄も4号線しかなかったのが、今や13号線に。交通の便利さが増して快適な旅となりました。


日本の報道(2010年当時)では、尖閣問題による事件で中国が反日ムード一色に染まっているかの報道をしているが、上海ではそんなのどこ吹く風?反日的な雰囲気は全くのゼロでした。


なぜ上海万博に行きたいと思ったのか? まあ一年前から宣言していたこともあるし。もうひとつは物心ついた3歳の頃、おぼろげにも大阪万博に行った記憶があるからだ。実際に大阪万博と上海万博を比較したいと思ったからである。

威信をかけた上海発の世界的イベントを観て中国の成長を確認したかったからである、という感じですね。

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BA1 上海1 写真左上から3枚はパンフ表紙と中身。右はAB研の東京メンバーから入手した上海観光局発行の日本語ガイドブック。コンテンツも充実したものとなっており、貴重な上海情報のソースとなっています。



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上海の街中いたるところに上海万博のマークが‥‥。


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(写真左)英語の上海万博看板。あたりは万博ムード一色でした。(右)こちらは上海随一の名所、黄浦江の外灘の対岸にあるAURORAビル。「SHANGHAI EXPO」のネオンをバッチリ撮りました!


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(写真上左)上海万博の象徴となった中国国家館。ライトアップされた姿も壮大でした。(右)素晴らしい夜を照らす、「世博軸」。夢のような情景でした!! (下)上海万博文化センター。こちらも壮大で未来都市空間に飛び込んだようでした。



 出版社とミニコミの違いが曖昧で、多種多様な時代。

2015-12-01


商業出版と自費出版の違い、出版物とミニコミ(最近ではリトルプレスという言葉もあるが)の線引きっていったいなんだろう?



まあ、基本的には商業出版は取次会社を通して書店に流通することだ。それと公的なところに流通するのでそれなりに校正・編集作業が必要となる。
表紙や中身のデザインも恥ずかしくない出来ばえにしないといけない、ということでしょうか?
プロとアマチュアの違いってそれくらいなのでは?

自費出版だって公的に出版物とみなされることも可能だ。
ISBNコードをつけて国会図書館に納本すれば、世間ではとりあえず出版物とみなされる。日本図書コード管理センターにお金を払って申請すれば容易いことである。

20年ほど前はミニコミなんて新刊書店はもちろんのこと、古書店のほとんどで流通・配置は不可能だった。相手にしてもらえなかったのだ。
金太郎飴の新刊書店、頑固オヤジが店主の古書店も当時は「そんな売れる可能性も無いミニコミなんて誰が置くか~! 帰れ帰れ!」という具合だった。
唯一の流通経路は漫画同人誌即売会(当時は総称してコミケと呼ばれていた)くらい。フリーマーケットでさえ登場して間もない時期だった。
今やセレクト古書店やセレクト新刊書店では、一応審査があったりするが配置可能だ。

自費出版・ミニコミが拡大傾向にあるのは、ひとつにDTPが個人レベルで普及したこと、そしてオンデマンド印刷やネット印刷で冊子印刷の価格破壊が起こったことが原因かもしれないですね。
まあ、30年以上前から格安の同人誌印刷業者は存在していたけど。
しかもネット社会の現代、ブログ、SNS等で気軽に販売・宣伝できることが挙げられます。

実はこの百花繚乱の出版物の流通こそが、出版業界のしかるべき姿なのではないかと思います。

私の生業である自費出版の企画編集業はおもに個人の方から出版物制作の依頼を受けて仕事をするというスタイルであり、これもひとつの方法です。
高齢者が人生をまとめた自分史を出版物にする。あるい今まであたためていた小説や研究文の原稿を生きた証として書籍にする。これって著者の方にも喜ばれるし、制作している側も楽しいし、やりがいがある。 言いすぎかもしれないが充実度100%の仕事なのだ。

20年ほど前立ち上げたミニコミ時代のヴィレは、複写業を営んでいたパートナーがコピー機で出力・製本するという形態だったが、実はこれ、販売し生活していくのは至難の業ですよね。
それでもいいならドンドン発刊・発信したほうが人生は面白いですけどね。

商業出版、自費出版、マスコミ、ミニコミなど多種多様な出版の形こそが真実のような気がするが、いかがでしょうか?



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